氷まんじゅうとポンセン、たこ焼き
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最近、人と顔をあわせたり電話に出る度に口をついて出てくる言葉は
「暑いなぁ〜。何でこんなに暑いんやぁ〜。」
毎回同じ言葉しか出てこない。
夏は暑いものだが、今年はかなり事情が違う。
本当に身体中が茹だっている。
好きなアウトドアでのお遊びも、この暑さではカラダにコタエル!
残念ながら、今年の夏はちょっとオアズケだ。

肌を撫でる秋風が恋しい昨今である。

外に出る気もしないから、一日中クーラーの効いた仕事場でパソコンのキーボードに向かう毎日を送っているが、頼りのクーラーもかなり年季が入った代物なので、今流行りのエコとは無縁。朝から晩までつけていると電気代が心配だが、体調を崩す方が怖いので病むなしと諦めている。

今年の父の日に、娘がカキ氷器をプレゼントしてくれた。
学生の頃はプール帰りによく食べたものだが、大人になってからは口にする機会も少なくなっていたものの、今年はこのカキ氷器が大活躍している。
菓子業界ではアイスクリームを総称して「冷菓」と呼ぶが、「みぞれ」等、氷を材料とする菓子を特に「氷菓」と呼んでいる。
冷菓は1年を通じて販売される商品が多いのに比べ、氷菓は夏の季節商品で夏場しか製造販売されないものが殆んどだ。
菓子市場は春と秋に商品の入替があり冷菓も同じだが、秋商品に切り替わると「氷菓」は店頭から姿を消す。
「氷菓」が店頭から姿を消すと、「あぁ、夏も終わりだなぁ」と感慨深くなるのが常だった。
しかし、今年は何もかもが狂っているようだ。

かき氷の事を小さい頃は氷まんじゅうと言った。昭和30年代は10円程度で食べられた。苺味もレモン味も10円だったが、黒蜜はそれよりも高く、15〜20円だった記憶がある。一日の小遣いが5円だったから、決して毎日は食べられないご馳走だったが、小遣いを貯め店に走った。
「おばちゃ〜ん、氷まんじゅう」と言えば、木の冷蔵庫から氷を取り出し、手回しの機械でシャカシャカと削ってくれた。器などは無く、新聞紙を円錐形に丸め、そこに氷を掻いてくれた。今なら、そんな店で食べ物を買う事を親は許さないだろうし、その前に保健所が黙っていない。でも、当時はそれを汚いと思った事はなかった。しばらくして器は麩菓子の器に変わった。やはり、何処かの親からクレームが出たのかもしれない。その麩菓子の器も今は涼しげなガラスの器に変わっている。ガラスの器になって「買い食い」はできなくなったが、口に放ばると歯にまでしみるこの味は昔も今も変わっていない。


氷まんじゅうは食べた瞬間から火照った身体から強烈に熱を奪い、暑さを忘れさせてくれる。この早業はアイスクリームなどでは到底太刀打ちできないスグレモノだ。
江戸時代には、夏でも氷が使えるようにと「氷室」が設けられ、将軍様は夏でも賞味できたものの、とても庶民の口には入らなかった程の貴重なデザートだったのだから、気軽に夏でもその食感を楽しめる今の我々は幸せなのだろう…。

だが、先述した「カキ氷器」なるもので涼をとっているのは我が家だけではないらしい…。当たり前の事であるが、人々が考える事は大抵が同じようなもので、ここに至って、店頭からあるものが姿を消し困惑している。
氷まんじゅうに掛ける「蜜」が品薄状態で、入荷時期もわからないらしい。蜜だけではなく、カキ氷器そのものも売り切れ状態である。
もともと季節商品であるため夏前に生産し終え、今年分は既に全て出荷済み。再生産の予定は無いらしいから今後入荷するかどうかも分からない状態らしい。仕方なく、我が家では砂糖を煮詰め自家製の蜜を作って楽しんでいる。

自家製と言えば「たこ焼き」もそうである。
大阪以外にお住まいの方にはちょっと理解できないかもしれないが、大なり小なりの差はあれど、大阪の家庭には殆んど一台は自前のたこ焼き器がある。簡単なプレート式のものから本格的なコンロ式のものまで千差万別。台所の戸棚の奥に鎮座ましましている。

今ではすっかり全国的商品となってしまった感のあるたこ焼きであるが、その種類も豊富となった。うっかりすれば、数個食べて千ンン百円も支払わなければならない高級たこ焼きもあれば、醤油味や、ソースの代わりにツユで食べるモノもある。ツユに漬けて食べるモノを明石焼きと言うらしいが、私は昔ながらの庶民の味がするソースベタベタのたこ焼きが好きだ。
半熟卵のような柔らかいモノではなく、表面がしっかり焼かれた方が旨い。しかし、中まで固くなっているのは旨くも何ともない。中に入っているタコも、大き過ぎてもいけない。
小指の爪ほどの大きさのものが良い。昔はタコは高級品だった。従ってホンモノのタコが入っているモノは高く、我々が食べられたのはイカのゲソをタコと称していたものも多かった。このニセモノたこ焼きは別として、表面が固めに焼かれたたこ焼きにタップリととんかつソースを塗り、粉ガツオと青海苔を塗せる。これが最高の味だ!

最近では、粉ガツオの代わりに花ガツオを使うところが殆どとなったが、まぁこれは大目に見るとして、歯にくっ付くのが厭で青海苔を省略している店もある。現在ではこれが結構多い。これではたこ焼き本来の味を味わう事ができない。それでいて値段は一緒なのだから、店は青海苔の分だけ余計に儲かっている勘定になる。青海苔必須派としては黙っていられない。タコは海の生き物だから、青海苔は欠かせないのだ……。
たこ焼きと同じくポンセンも当時の代表的なおやつだった。 たこ焼きもポンセンも昭和40年代には、一旦、殆どその姿を消していた時期があった。

たこ焼きは見事復活を果たしたが、ポンセンは完全復活は出来なかった。直径10センチ程のポンセンは、小さな路地裏にあるような家内工業的製菓屋で焼かれていた。
一枚一枚が手作りだから、味も一枚一枚違った。辛いものもあれば、そうでないものもあった。
最近、道の駅や高速道路のサービスエリアで「ポンセン」を見かけることが多くなってきた。私は、たこ焼きと同じく、ポンセンを見かけると後先考えずに買ってしまう傾向がある。
全国的には知らないが、小型のポンセンなら、家の近くのスーパーでいつでも購入する事が出来る。奇麗に包装され衛生的で安心だ。味も昔と変わらないように思う。

この暑さが収まったら、たこ焼きパーティーでもやってみようか…。

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