雑木林の贈り物
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高速道路を運転しながら、車窓に横たわる六甲を指差して某氏が言った。
「こうやって山を見てたら、樹が一杯あって自然に囲まれてるように見えるけど、あれは全部杉や檜の樹なんや。
言うたら商売の樹やから自然とは違うんや。
それを皆は自然や自然が残ってる言うてるけどなぁ……
本当は死んだ森や…」
私も大きくうなづいた。

小さい頃、山好きだった親父に連れられて登った山や森には、多くの小動物や昆虫の営みが見られた。しかし今、私の回りに横たわる山には、その営みが殆ど感じられない。
いつ行ってもシ〜ンと静まり返っている。その理由は簡単だ。山の殆どが杉や檜になってしまったからである。

もともと杉や檜は建築資材として商品価値の高い木材だ。立派な杉や檜を育てるのに2世代から数世代掛かると言われているが、そのような世代モノは一本数百万円から数千万円で取り引きされる。輸入材に押され木造建築自体が少なくなってしまった現在では、林業家も大変だと聞くが、それが杉や檜山が増えた理由である。また良い木材を育てるには手間が掛かる。定期的に間伐を行ない枝打ちをしてやらないと良い木は育たない。間伐では邪魔な樹を切り倒すから、当然、杉や檜山は檜・杉一色となる。しかし残念ながら、杉や檜は鳥や昆虫が好む花や実をつけない。鳥や昆虫が集まらなければ、その排泄物を分解する微生物もグンと数が減る。こうして、杉林は小動物の営みが感じられないシ〜ンとした空間となる。もちろん微生物も少ないから、枯れた枝や葉はいつまで経っても腐葉土にはならない。腐葉土の溜まらない土地は固いままだ。

私が親父に連れて行ってもらった頃の山や森は雑木が多かった。雑木だから、広葉樹もあれば針葉樹もあった。広葉樹は、張り出した枝とほぼ同じ大きさの根を持っている。また、様々な花を咲かせ果実を実らせる。花が咲けば昆虫が集まるし、昆虫が集まればそれを餌とする鳥や小動物が集まる。当然、排泄物も残すから、それを栄養元とする微生物も繁殖する。広葉樹は落葉し、落葉した葉は微生物によって分解され腐葉土に戻る。従って、腐葉土の森は地面がふわふわだ。腐葉土の豊富な土地に降った雨は地中深くまで浸透し、何十年、何百年を経て湧き水として地表に現れる。
これが自然のサイクルだ。

ところが、杉や檜林に降った雨は、その殆どが表面を流れる。しかも、杉や檜の根は小さい。小さいから直に地滑りを起す。表面を流れた雨は、土地の表面を剥ぎ取りながら一挙に谷間へと流れ込む。谷川の水は一気に溢れ、鉄砲水として川を増水させる。
川が増水すれば塞き止めなければならない。よって、川の至る所にダムが建設される。
ダムが建設されれば、上流の土砂も塞き止められ河口には流れ出さない。河口に流れ出さなければ、すなわち海岸は波で浸食され、やがて姿を消してしまう。これも自然のサイクルだ。

地球の気候が変わりつつある。
今年の日本はゲリラ豪雨と呼ばれる異常気象に翻弄され、全国の多くの山肌が崩れ少なからずの被害が続出している。また、都市も水浸しだ。
地球温暖化の影響なのかどうか詳しいことは分からないが、少なくとも昔と比べ確実に地球環境は変換期を向かえているようだ。

人間の力は偉大だが、自然の力はもっと偉大だ。そんな事は今更私が言うまでもなく、誰もが理解している。なら、自然の治癒力はどうなんだろうか……?

近くの埋め立て地を歩きながら、ふと考えた。私が住んでいるこの界隈も、20数年前は草が茫々と生え、子供たちの格好の遊び場だった。当時、埋め立てが完了して既に数年が経ち、あちらこちらに高層マンションが建ち始めていたが、まだ手もつけられずに整備を待つ間、放置された土地は雑草や鳥や小動物の天下となっていた。

地上での自然の治癒力は雑草の再起から始まる。雑草の生命力は偉大だ。踏みにじられても抜かれても、また気付かぬ内に我が物顔になって繁殖していく。人間の方は、引っこ抜き踏みにじったつもりでも、地中に僅かに残された根は、人の目の届かないところで確実に再生を始めている。まるでアメーバーのような存在だ。

「なぁ、仮に、仮にやでぇ、何年間か都市に誰も入ったらアカン期間をつくったら、何年位で自然が回復すると思う……」「そやなぁ〜、10年か20年経ったら、ゴーストタウンになるんとちゃうかなぁ〜」私の問いに某氏が答えた。「10年?そんなにかかるやろか?人間が誰も入り込めへんかったら、2〜3年で雑草が生え揃う気がするけどなぁ〜。そうなったら後は早いでぇ〜。5〜6年経ったら、道路は跡形も無くボロボロや!」私はその光景を頭に思い描き、不謹慎ながら少しワクワクした。
その事は、既にロシアのチェルノブイリで立証されている。
放射能汚染された土地でも20年も経てば自然が支配しているのだ。

人間の力は一点集中迅速型だ。何か事が起これば、瞬時にそこに集中して対処しなければ力を発揮できない。しかし自然は、継続進行爆発型だ。ジワリジワリと継続的に行動を起し、ある一線を超えると爆発的に拡散して行く。こうなるとやっかいだ。人間の手には負えなくなる。従って人間は、過去の教訓から自然に立ち向かう最善の方法を得た。自然が進行する早い過程でその芽を摘む事で対処する知恵を得た。かくして都心の道路はアスファルトで舗装され、ひび割れすれば補修されいつも奇麗だ。雑草の生い茂る余地はない。アスファルトやコンクリートは、快適な都市生活への特効薬だ。その特効薬には、税金と言う原料が使われる。しかしそれは、継続的に行われてこそ有効だ。何処かで途切れれば、効果は切れてしまう。だが、自然だって黙って特効薬を受け入れては居まい。特効薬に対抗できる新しい手を考えている。よって、人間は更に強力な特効薬を必要とする。

最近、撲滅したはずの結核や黄熱病等の病気が復活していると言う。人間はその昔、抗生物質と言う特効薬を得、それらの病気を撲滅したと思った。しかし、今や新興の結核や黄熱等にはその特効薬は効かない!そして最強の特効薬は、人間自身をも滅ぼしてしまう。
決して忘れてはならないと思う……。特効薬はバランスを崩す。そして崩れたバランスは、自然の治癒力の格好の栄養源でもあるのだ!

旅をしていていつも思うことは、素晴らしい自然を眺めれば「いつまでこの自然が維持できるのだろうか?」…と。
昔訪れたことのある場所を改めて訪れると、その様変わりに驚愕する。確かに綺麗に造成され花が咲き乱れ施設も充実してトイレ探しも苦にならない。
だけど、だけど…情緒が無い!あの頃の情緒は何処に行ってしまったのだろう?

私は雑木林が好きだ。中に入れば心が安らぐ。しかし、雑木林は……儲からない。雑木の林が何年、何百年、何千年掛けて育むおいしい水の我が祖国は、これからどうなるのだろうか……?ちょっと心配である。

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