おーい、ヤンマ
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子供の遊びでも厳格なルールが存在した。
最初にヤンマを見つけた者は、必ず「来た!来た!」と全員に知らせなければならない。こっそり抜け駆けでもしようものなら全員から罵られ、確実に明日から友達は居なくなった。

それが厭だから、誰もがルールを守った。
当時の子供の世界にもイジメはあったが、
今日のように自殺は存在しなかった。

もう、何10年前のことになるだろう…。
ふと、少年時代にタイムスリップし当時を懐かしむことが多くなった。歳のせいだろうか…。

路面電車の踏み切りを超えた向こうに小さな草はらがあった。我々はそこを畑と呼び、毎日の遊び場にしていた。小さいと言っても今時の家なら20軒や30軒は建つだろう。そこには膝丈程の雑草が生い茂っていた。道から急勾配の坂を登ると半分朽ちた木製の扉の奥が遊び場だった。道に面したところは3メートル程の高さの石垣が積まれており、そこに生け垣が植えられていたから、おそらく空き地になる前はちょっとしたお屋敷だったのだろう。

小学校3年からの数年間、昼間はそこが野球場になり、夕方からは格好の釣り場所となった。釣りと言っても魚釣りではない。輪ゴムに魚釣り用の鉛や釘を折り曲げて錘にし、1メートル程の糸を結ぶ。そして、ゴムの弾力を利用してて大空へ打ち上げる。

「ブリ」と呼ばれるこの仕掛けで釣るモノと言えばギンヤンマだ。

薄っすらと日が暮れ始めると、申し合わせたように顔馴染が集まった。それぞれが空を仰ぎながら四方八方に気を配る。やがて、東から西から、はたまた北から南から、大きなトンボが飛んで来る。ギンヤンマだ。しかし、誰もギンヤンマ等とは呼ばない。単にヤンマと呼ぶ。誰かがヤンマを発見すると、「来た!来た!」と叫ぶ。その声を聞くと全員が、弓矢の如く一斉にブリに結ばれた糸を右手の親指と人差指で摘まむようにして、ヤンマの前方目掛けて伸ばす。同時に左手は輪ゴムを目一杯引き伸ばし、伸び切ったところで放し、ブリをヤンマの1〜2メートル上空まで打ち上げる。この手を放すタイミングと強さが結構難しい。早く糸を放しすぎるとブリは飛ばない。遅すぎると輪ゴムに付いた錘が親指の爪を直撃し痛い思いをする。打ち上げる位置も、ヤンマより低く過ぎても高過ぎてもヤンマはGET出来ない。上手く打ち上げれば、ヤンマはゴムに突いた錘を餌と勘違いし急上昇で追いかけ、糸に絡まってクルクルクルクルと回って落ちて来る。それは今流行のルアーフィッシングに何処か似ている。

 捕らえたヤンマは人差指と中指の間に首の部分を挟んでホールドする。次に捕まえられたヤンマは中指と薬指の間にホールドされる。最も多くホールドした者がその日の勝利者となる。

ヤンマの雌を我々はドロと呼んだ。雌は雄より羽根の色が茶色っぽく、雄の腰が鮮やかな空色なのに対し雌の腰は緑色をしている。羽根の色が濃ければ濃いほど美人ヤンマの印だった。 陽が完全に沈み仲間の顔が見えなくなると、皆でワイワイ言いながら家路に就いた。誰もが蚊に食われた足をボリボリ掻いた。「ほんなら、また明日なぁ〜」声が明るかった。

ドロを釣った日は、家に帰り濡れ雑巾に挟んでおいた。こうすれば翌日まで元気なままで生かす事ができた。
誰に教えてもらったのか、誰が考え出したのかは分からないが遊びの中にはこうした知恵が詰まっていた。
夕方のヤンマはブリで採ったが、昼間のヤンマはブリでは滅多に採れない。
昼間のヤンマはラーホで捕らえる。何故ラーホというのかは分からないし、また誰も知らなかった筈だ。ただ、私の住んでいた界隈では全員がそう呼んでいた。

昼間のヤンマは水田や池に多く居た。私の住んでいた住吉では、住吉大社の御田や裏の石舞台のある池がラーホのメッカだった。
ラーホとは、雌のヤンマ(すなわちドロだ!)に糸を結び、竹竿の先に括り付けて回すやり方だ。我々はラーホと呼んでいたが正式名称は知らない。ラーホで捕まえられるのは雄のヤンマだけである。

池や田んぼで飛び回っている雄のヤンマの目前でラーホを振り回す。この時、ゆっくりと「ラ〜ホ、ラ〜ホ」と言って回してやると効果覿面だった。もちろん、羽根の色の濃い美人ヤンマ(美人ヤンママではない……)なら、更に大漁が期待できた。だから、前日の夕方にドロが釣れた日には、家に帰ってさっそく雑巾を濡らし、そこにドロを挟んでおく。
こうすれば、翌日になってもドロは元気でいた。羽根色の濃いドロが釣れた翌日の学校の授業内容は全く覚えていない。朝から心は既にラーホのことで一杯だった。もしその日が掃除当番にでも当たっていたなら、あの手この手を使ってサボる事しか考えていなかった。

学校から帰ると、ランドセルを玄関に放り投げたままラーホを持って出掛けた。夏休みや休日なら、朝飯を食ったら直ぐに靴を履いて出かけた。
また都合よく、そんな日に限って池や田んぼには多くのヤンマが住んでいた。私は、「ラ〜ホ、ラ〜ホ」と言いながら竿を回した。

雄のヤンマとしても、突然目の前でセクシーな美人ヤンママ(……じゃなかった)ヤンマがクルクル回り出したのでは堪ったものではない。当然ハートもドキドキ、下半身もモリモリして来るのは、何も人間様の男に限った事ではない。ヤンマだって同じ事だ。まさか、ヒモ付きの美人ヤンマとは気付かない。「イテマエ……」と抱きついて来たところを捕まえる。しかしこのタイミングが難しい。完全に抱きつかせると美人ヤンマは弱ってしまい、使い物にならなくなる。抱きつく寸前で取り押さえるのだ。かくして雄ヤンマは強姦未遂で逮捕される。これは、鮎の友釣りに良く似ている。これを人間でやると美人局(ツツモタセ)となり犯罪である。まぁ、ラーホも竹の筒を持っているのだから同じ事かもしれない。

いずれにせよ、美人局もラーホも、女性が使い物にならなくなったらお手上げなのは同じだ。はたまた、美人に弱いのは人間の世界もヤンマの世界も同じらしい。ただ違っているのは、ヤンマの世界は白昼堂々と挑んで来るが、とりわけ私の場合は、ネオンちらちら輝く夜になると挑みたくなる事かもしれない。

大人になって久しく見かけなくなっていたヤンマであるが、最近またちょくちょく見かけるようになった。自然が回復してきた証だろうか?
今でもヤンマを見ると「少年時代」にタイムスリップしてしまう私である。

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