No. 00038 緯度:35度 13分 経度:136度 09分
【滋賀県】

水郷と古き商家の町 近江八幡


近江商人と言えば、商売人の代名詞として比喩される事が多い。その精神は、「信用と信頼を大切にし、自分の儲けより世間に喜ばれる商いをすることで自分が生かされる…」がモットーとなっている。近江八幡には、今もその教えが伝えつづけられているようだ。

琵琶湖の豊富な水を引き込み、水郷の町としても知られる近江八幡は、豊臣秀吉の甥、秀次(養子縁組みした姉の子)が八幡山山頂に八幡城を築き、その城下として栄えた町である。
近江八幡は堀と運河の町 近江八幡の町並み
近江八幡は堀と運河の町 近江八幡の町並み(新町通り)

町中には堀が巡らされ、その堀を利用した海運の発展や楽市楽座等による商工業が発展し、近江商人の活躍の原動力となったと伝えられる。

近江商人のDNAが、今も水面に宿る「水郷の町」
かわらミュージアム
かわらミュージアム運河は町中に張り巡らされている
運河は町中に張り巡らされている
水面に写る木々の陰が美しい
水面に写る木々の陰が美しい

船は民家の庭先も通る
船着場へ降りる石段
船着場へ降りる石段

新町浜
近江八幡の水郷めぐりは3つのルートがある。
ひとつは、「近江八幡和船観光協同組合」で、手漕ぎ舟で運行する。「島真珠水郷観光船部」はエンジン舟で運行。3つ目が「びわ湖観光株式会社」が運行するもので、各社、コース、料金ははほぼ同じで、( 大人:2,100円 小人:1,050円)琵琶湖のヨシ原を巡るコースである。(12-3月冬季中止)

もうひとつ、水郷めぐりではないが、当時、秀次が築いた八幡堀を約30分かけて巡る「八幡堀めぐり」がある。
堀の両脇に白壁の土蔵が建ち並び、情緒あふれる風景が楽しめる。

こちらの料金は大人1,000円(小人500円)小学生未満無料だ。
今回は、この「八幡堀めぐり」に乗船することにした。

乗船場になっている「かわらミュージアム」に向かう。
このかわらミュージアムはその名の通り、屋根瓦だけを扱った一風変わった展示館である。
「八幡堀めぐり」のコースは、「乗船場(かわらミュージァム)→日牟禮八幡宮→新町浜→赤煉瓦工場跡」の往復である。
定員12名ほどの屋形船は低速で堀を進み、堀の両脇に茂る草花や堀を住処にしている鴨の姿を見ながら、低い橋の下をくぐる。
時には民家の庭先や軒下を、船の舳先は静かに波を掻き分けながら進む。この速度はのんびりゆったりと旅の情緒に浸れる頃合いのようだ。


赤煉瓦工場跡は廃墟のようだ…

赤煉瓦工場の煙突
ほどなく船は新町浜を過ぎ、左手に高い煙突と朽ち果てた煉瓦工場跡の建物が見えてきた。
どうやらここが引き返し地点の赤れんが工場のようだ。
煙突は四方にワイヤーが張られ原形をとどめているが、工場跡は崩壊が進み、まるで廃墟を思わせる。
船はUターンをし、進んできた水路を戻り始めた。来る時に見逃した景色を帰りは見逃さまいと船着場まで目を凝らした。
近江八幡の鎮守「日牟禮八幡宮」
近江八幡の総社「日牟禮八幡宮」

白雲館
白雲館
だるま窯
だるま窯
八幡山頂上へはロープウエイで
八幡山頂上へはロープウエイで
八幡山頂上の村雲御所瑞龍寺
八幡山頂上の村雲御所瑞龍寺
村雲御所瑞龍寺の手水は「龍」
村雲御所瑞龍寺の手水は「龍」
丁字麩で有名な「麩の吉井」
丁字麩で有名な「麩の吉井」
船着場を後にして、今度は堀沿いに陸から散策することにした。

まず見学したいのが、千有余年の歴史を誇る近江八幡の総社「日牟禮八幡宮」(ひむれはちまんぐう)。
近江八幡では、毎年3月・4月に左義長まつり・八幡まつり等の火祭りが開催され「近江八幡の火祭り」と呼ばれている。その舞台がここ、日牟禮八幡宮である。

現在観光案内所に使われている「白雲館」は、八幡東学校として明治10年に当時の金額で換算して6,000円で建設された建物である。

かわらミュージアムにある「だるま窯」はだるまが座っている格好に似ているのでその名がつけられた。昭和30年代中ごろまで八幡瓦を焼くために使用されていたものである。

日牟禮八幡宮の裏から八幡山頂上行きのロープウエイに乗ってみる。
標高271mの山頂まで約4分で運んでくれる。(大人往復800円
頂上には、この山に城を築いた豊臣秀吉の甥である秀次を祀る村雲御所瑞龍寺が建立されている。日蓮宗唯一の門跡寺院で、例年6月第1日曜日に「八幡山地蔵尊まつり」が開催される。
拝観300円

また、山頂からは近江八幡市街や琵琶湖のパノラマ風景を堪能する事ができる。
下りのロープウエイに乗り再び市街地に戻り、新町通りを歩いてみる。時代の名残りを残した懐かしい香りがする通りだ。「麩の吉井」という看板が目に止まったので中に入ってみた。
「丁字麩」(ちょうじふ)といい、近江八幡の特産物らしい。お店の説明によると、起源は1200年程前の中国らしく、その昔、修行の厳しい修行僧の栄養補給食品として用いられたらしい。通常の麩は楕円や丸い形をしているが、丁字麩は長方形をしている。言い伝えによれば、豊臣秀次が丸い麩は持ち運びづらく不便なので四角にし、その表裏に刻まれた線が丁の字に読めることから丁字麩と呼ばれるようになったらしい。
この麩を殻に使った最中も売られており、土産品として人気が高い。

八幡堀めぐりの発着場 明治橋から堀を望む
八幡堀めぐりの発着場。小粋な屋形船です この界隈はイベントが開催される事も多い 明治橋から堀を望む
この八幡堀も、昭和30年代の高度成長時代からドブ川のような状態になり、一時は埋め立ての計画も出たらしい。しかし、埋め立てに反対する市民の声が高まり、清掃活動のボランティアなどを経て現在の姿を取り戻した経緯がある。現在では市民や観光のシンボルとなっている。
また、この界隈は江戸時代の趣を残しており、時代劇の撮影場所としても度々使われている。

tabitomaのTOPへ