No. 00032 緯度:35度 46分 経度:134度 87分
【兵庫県】 但馬の小京都で紅葉狩りと名物そば

出石城址隅櫓(西側)
出石城址隅櫓(西側)
全国的な旅行ブームが巻き起こった1960年代後半から1970年代前半にかけ、各地に多くの「小京都」と名づけられる観光地が生まれた。
兵庫県豊岡市にある出石町もそのひとつであり、「但馬の小京都」と呼ばれている。

車で走っていると出石町に近づくにつれ道路脇に「皿そば」の看板が目立ち始める。ここ出石は関西においてのそばの名産地として知られている。
落ち着いた雰囲気が出石の魅力 赤い鳥居が鮮やかな城山稲荷
落ち着いた雰囲気が出石の魅力 赤い鳥居が鮮やかな城山稲荷

また、出石は「柿谷陶石」と呼ばれる真っ白な粘土を産出し、この土を使って焼き上げた白磁の「出石焼」は愛好家からも評価が高く人気の特産物である他、丹後に近い地域性から、昔から絹織物も盛んで、滑らかな風合いを生かした「出石ちりめん」も「丹後ちりめん」と人気を二分している。


「小さな旅」もまんざら捨てたもんじゃない…。
谷山川沿いの紅葉が見事
谷山川沿いの紅葉が見事出石のシンボル辰鼓楼
出石のシンボル辰鼓楼
銀杏の黄金の葉が屋根に積もる
銀杏の黄金の葉が屋根に積もる
天日槍の子諸助を祀る諸杉神社
天日槍の子諸助を祀る諸杉神社
出石はどちらかと言えば城崎温泉や天橋立などへの観光の中継地点としての趣が強い。
確かに町の規模もそれほど大きくはないし同じ豊岡市内にある城崎等に比べるとインパクトの点でも損をしている感がある。
そんなところが、帰りがけに寄るサブ的な観光地と見られてしまっているのではないだろうか。

しかし、小さいながらも城下町として400年近い歴史を持つ出石の町もじっくりと時間を掛けて巡ってみると、城崎や天橋立とはまた一味違った旅の雰囲気や発見に出会えるのも事実で、実際、街中を巡ってみると想像以上に見学する名勝も多い。
また、決して件数は多くないが宿泊施設も用意されているので、のんびりと出石の町だけに的を絞って訪ねてみるのも一考である。
出石町のほぼ中心部に出石のシンボルとも言われる辰鼓楼(しんころう)がある。辰鼓楼とは、江戸時代に一時間おきに太鼓で時を告げた時計台のようなもの。
明治14年に医師の池口忠恕が町に大時計を寄付したことから、その後はその名の通り時計台として使用されている。
このあたりがメインストリートで、道の両脇には沢山のみやげ物屋や名物の「そば屋」が軒を並べており、ひやかして歩くだけでも楽しい。

店頭には黒豆やギンナンなど、色々な種類の豆類も特産物として店頭を飾っている。私はギンナンが大好きなので、早速大量のギンナンを買い込んだ。
店のおばさんが、茶封筒に入れ電子レンジで1分間チンをすればいいと教えてくれたが、木っ端微塵に破裂してしまった。時間調整が難しいようだ。事前にペンチで殻に割れ目を入れておくと実に上手く出来上がった。これで当分はギンナン三昧ができる…。
ところで名物の「そば」だが、出石には50件近いそば屋があると言われている。詳細は「出石町公式観光ガイド」に詳しくまとめられているのでこちらを参考にして欲しい。また「皿そば」は白磁の出石焼の小皿に分け、薬味、徳利に入っただしと一緒に出てくる。挽きたて・打ちたて・茹がきたて、を重要視した伝統の「三たて」製法によりコシと風味を出した麺は、歯ざわり、キレ、香りが良く美味である。
辰鼓楼の前の道を南に下ると正面が「出石城跡」。

出石神社の北側の此隅山(このすみやま)に山名時義が築いた此隅山城は、羽柴秀吉による但馬遠征で落城。その後、山名祐豊が有子山山頂に有子山城(ありこやまじょう)を築いたが、この城も羽柴秀吉による第二次但馬遠征で落城した。
慶長9年(1604年)、小出吉英が有子山城を廃し、新たに山裾に築いたのが出石城である。平地に塀で囲まれた城で、城内には37本の赤い鳥居が立ち並ぶ「有子山稲荷神社」(別名城山稲荷)がある。

稲荷郭から町を見下ろす
稲荷郭から町を見下ろす
登城門(欄干は登城橋)
登城門(欄干は登城橋)
西側隅櫓
西側隅櫓
城内より登城門を望む
城内より登城門を望む
本丸跡に建つ感応殿
本丸跡に建つ感応殿
当時の城には7つの門があったが、明治維新で取り壊されたままになっている。平成6年11月に登城の際に利用された門が正面に再建され「登城門」と名付けられた。

城の麓から157段の石段があり、37の鳥居が石段を跨ぐように建てられている。鳥居の手の色が派手なので直ぐに見つけることができるので見落とす事は無いだろう。
ここが築城当時から本丸の更に上部に鎮座された城の鎮守「有子山稲荷神社」の参道である。
階段を上りきると右手に稲荷郭があり、ここからは出石の町全体が見渡せる絶好の展望台にもなっており、多くの観光客が訪れる場所である。
その奥に社殿がある。

城郭の東側には感応殿と呼ばれる特徴のある建物がある。仙石家家祖秀久が祀られているが、秀久を知らない人には、かの大盗賊石川五右衛門を捉えた豪傑として伝承がある人物として覚えていただきたい。感応殿には信州上田よりそば交流の証として科野大宮大社から拝受した仙石公縁りのご神木が安置されている。

その他、城郭内の東側には「諸杉神社」、町内に目を移せば、30石級の大船が出入りしていた船着場跡の「おりゅう灯籠」、明治維新の立役者、桂小五郎が新撰組に追われ隠れ偲んだ「桂小五郎潜居跡」など多くの名所旧跡があるが、とても限りある紙幅では書ききれない。

是非とも現地に赴き、実際にご自分の足で歩きながら、歴史の香りを直に確かめていただきたい。


●出石 永楽館
 平成の大改修を終えてよみがえった近畿最古の芝居小屋
明治34年に開館し、歌舞伎や新派劇、寄席、活動写真など但馬の大衆文化の中心として栄えた永楽館が、平成20年に大改修を終えてよみがえりました。明治期に残る芝居小屋としては近畿地方に現存する唯一のものです。各種公演やイベントの開催、常時一般公開を行っております。

※詳細は「豊岡市指定文化財 出石 永楽館」HPまで
豊岡市指定文化財 出石 永楽館 いずし えいらくかん
〒668-0234 兵庫県豊岡市出石町柳17-2 TEL.0796-52-5300
「出石 永楽館」の 写真、記事は,
豊岡市指定文化財 出石永楽園ホームページより
転載させていただきました。

157段の石段に37の鳥居が立つ参道 参道の周囲の紅葉は一段と見事だ… 石段に散り初めたもみじ葉
157段の石段に37の鳥居が立つ参道 参道の周囲の紅葉は一段と見事だ… 石段に散り初めたもみじ葉

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