No. 00026 緯度:34度 75分 経度:135度 94分
【京都府】 巨石と磨崖仏の寺で深山の紅葉浴を堪能する

京都府と奈良県の県境の深い山中に佇む笠置寺は真言宗智山派の寺院で、弥勒仏を本尊とし、磨崖仏のある修験道修行場の寺として有名である。山号は「鹿鷺山(かさぎさん)」。秋には全山を染める紅葉が見事。

列車でのアクセスとしては、JR奈良線、近鉄京都線の「木津」から関西本線に乗り換え「笠置」で下車。車の場合は、名阪国道(国道25号線)針インターから国道369号線(月ヶ瀬街道)を北上し、「柳生一族」で有名な柳生の里を抜け、府道4号線に入るのが一般的なルートである。
境内に入ると全山赤の彩り 深紅の紅葉が迎えてくれる
境内に入ると全山赤の彩り 深紅の紅葉が迎えてくれる

笠置の町から、参道の看板を目印に山道を駆け上るが、道幅が狭く徒歩での参拝者も多いので、車での運転は特に注意が必要。山頂には有料の駐車場(1日500円)がある。拝観料は大人300円
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「関西で一番紅葉が綺麗」と評判の山寺へ…紅葉浴を楽しむ
巨石の山「笠置山」は、弥生時代の古くから「神のやどる山」として、人々に崇拝され、奈良時代には修行場として多くの僧侶が入山した。

春の山門(CD三都夢街道より)
春の山門(CD三都夢街道より)
境内の紅葉は見事に尽きる
境内の紅葉は見事に尽きる
本殿(正月堂)前
本殿(正月堂)前
本尊弥勒大磨崖仏 現在は光背のみ確認できる
本尊弥勒大磨崖仏
現在は光背のみ確認できる
虚空蔵磨崖仏
虚空蔵磨崖仏赤一色も綺麗だが、黄色や黄緑が混じると、また違う艶やかさが出る
赤一色も綺麗だが、黄色や黄緑が
混じると、また違う艶やかさが出る
木々が生い茂った参道のきつい坂を上り詰めると、さらに山門まで伸びる石の階段がある。この階段を上りきるといよいよ笠置寺の境内だ。

この山門、現在では笠置寺参道の終点に建てられているが、奈良時代の創建当時は、現在の六角堂へと続く柳生街道が表参道だったと記されている。その様子からして、当時はかなり大きな権力を誇っていた寺であった事は想像に難くない。
寺の説明によると、古くは弥生時代から笠置山の巨石は信仰の対象となっていたことが、弥勒磨崖仏前より、当時の祭祀に使用された有樋式石剣(ゆうひしきせっけん)の先端部が出土したことで証明されている。

実際に寺が建立されたのは670年頃で、天智天皇の皇子(大友皇子)が鹿狩の際、難に遭い仏の加護により救われ、石仏を彫らせたことから建立されたと『笠置寺絵縁起』に記録されている。

740年代になると、奈良・東大寺との繋がりが深くなり、東大寺のお水取りの初回が、ここ笠置山で行われている。

1331年の元弘の乱で、笠置山は約1ヶ月に及ぶ戦乱の舞台となり9月29日、後醍醐天皇の笠置城が落城。嵐の中、笠置山は全山焼失。弥勒磨崖仏も焼失し今に至っている。現在は光背しか確認できない。
修験道の行場めぐり

修験道行場の入口「胎内くぐり」
修験道行場の入口「胎内くぐり」
ゆるぎ石からの景観
ゆるぎ石からの景観
笠置山は山全てが笠置寺の境内となり修験道の修行の場でもある。そのコースを巡る行場めぐり(1周約800m)の入口が、正月堂傍らにある。細い階段を下りるとスタート地点である。
本来行者の修行は滝に打たれ身を清めてから行うのが基本であるが、笠置山には水場がなく禊をする事ができない。
よって、笠置での修行は「胎内くぐり」という巨石の間を通る事によって身を清める慣わしとなっている。一度母親の胎内に戻ることによって俗世間の穢れを拭う意味合いがあると言われている。
「胎内くぐり」を通り抜けると、たたくと鼓のような音がする「太鼓石」、下から攻めてくる敵に対し岩を落としたと言われる「ゆるぎ石」「平等石(びょうどういし)」「蟻の戸わたり(ありのとわたり)」等を経て40分〜1時間で巡るコースである。

見事な紅葉を楽しめる『もみじ公園』

見事な色は例えようがない…
見事な色は例えようがない…
もみじ公園
もみじ公園
高台から紅葉越しに遠景を望む
高台から紅葉越しに遠景を望む
黄色がさらに彩りを添える
黄色がさらに彩りを添える
行場めぐりの後半、貝吹岩まで帰って来ると一気に紅葉に染まった景色が目に飛び込んでくる。
もみじに囲まれた坂道を転ばないように気をつけて下ると平らな広場に出る。ここがもみじ公園だ。
最盛期には多くの行楽客が赤・黄・黄緑の艶やかに色づいた木々の根元で歓声を上げている。
足元には散り終えた赤いもみじ葉が所狭しと重なり合い、土を覆ってさながら絨毯のようである。
その絨毯を踏みしめると、カサカサと乾いた音がした。散った枯葉が秋にお別れをしているような、チョットもの寂しさを感じる音である。

●笠置寺の案内猫「笠やん」
在りし日の笠やん
在りし日の笠やん
笠置寺には忘れてはならないエピソードがある。
正月堂の手前横に弘法大師像とともに「笠やん 追悼」というレリーフが目に入る。
笠やんとは、平成2年の夏から笠置寺に住み着いた野良猫で、いつのまにか現れ5年間笠置寺に住み着いていた。
笠やんの碑
笠やんの碑
参詣客が来ると前に現れ、先を歩いて行場を案内した。行場の最後のコースになるといつのまにか姿を消したという。伝説でも何でもなく実際にあった話。
しかし、5年後の平成6年2月2日、冬にしては風のない暖かい日に、好きな駐車場脇で、冷たくなってしまっていた…。


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